個性の前に育むものが

個性を花開かせる、個性が大事 など個性という言葉を主張する言い回しがよく聞かれる昨今ですが、私は聞く度に違和感があります。

教える者としてこれまで幼児から小学生、中学生と成長するたくさんの子どもたちの個性と出合ってきたからでしょうか、勉強ができなくてもそれは個性だから の考え方があるのが残念です。 

勉強ができない というのは、勉強をしない とは意味が違います。 小学生なら四年生頃から新出漢字が多くなり、意味もわかり難いので覚える努力から逃げる、六年生になると漢字の読みさえできなくなる。 中学生ならアルフャベットや英語のスペルを覚える努力を全くしないで逃げる。 自分の苦手から逃げて、パソコンやスマホのゲームやLINEで遊ぶ。

人間、苦しいことから逃げたい気持ちは誰にでもあります。 しなければならない事から逃げまくる小中学生が最近増えている気がしてなりません。 漢字が書けなくても、計算ができなくても パソコン、スマホがあるからいい と思っているようです。

人として豊かに生きるために、大人もそうですが、目の前の苦しみから逃げては駄目なんです。 義務教育の勉強から逃げないで自分ができる努力をするのです。 今の便利なツールは、子どもにとって安易に逃げ場所を提供する大きな弊害を持ち合わせていることを子の親は常に考えて欲しく思います。

先日偶然見たテレビ番組で 「個性は花でありそれを綺麗に咲かせるためには栄養のある土が必要なのです。 人として個性を言う前に育てなければならないものがある」 と禅宗の僧侶が話されていました。 大変興味深い話として私の心に染みました。


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